一昨日の真夜中…
わたくしは、何かに取り付かれた様に…クローゼットの中に入っていきました。
灯りは付けていませんでした。
隣りの御部屋から漏れる灯りだけが頼りでしたが、わたくしには《それ》が視えていました。
わたくしは、お着物を仕舞ってある、桐の箪笥の前に正座いたしました。
一番下の引き出しを手前に引くと…
虫よけの樟脳(ナフタリン)の独得な芳香が広がりました。
その場所には2枚ほど、お着物が入っておりましたが…わたくしは、その一番下…
着物が包まれた、たとう紙の下に手を入れていました。
すっ…と差し入れた、その手の指先に当たるモノがありました。
私は確認すると…その指先に当たったモノを眼を瞑り…引き出していました。
…《赤い紐》…
縄では御座いません…。
手芸用の一番太いゲージの朱色の紐でした…。
わたくしは、震える手で、ぎゅっ…と、両手で握り締めました。
立ち上がるとクローゼットに一面に張られた鏡の前で、夜着の浴衣を肩から落としました。
その夜は男物の仕立ての紺色の浴衣を着ておりました。
暗い色だったせいか…肌が露わに、露出された瞬間に夜の空気の張り詰めた冷たさと、わたくしの《肉の色》の違いに…
どきり…といたしまして…
耳の奥底で耳鳴りの様に自分の呑みこんだ唾液の音が弾けていました。
下着は身に付けておりませんでしたので、鏡の前には生まれたままの姿の、わたくしが…直ぐに現れていました。
身体全体が炎に包まれた様に熱く、火照っておりました。
肩で息を付きながら、わたくしはソファーの前に移動していたのです。
…部屋の灯りは消してしました…
ソファーの前のテーブルには…何本もの蠟燭…。
わたくしは…
マッチ箱から数本取り出して、一本一本に灯りを灯し始めました…。
箱の横の赤リンに棒の先頭を擦り合わせると塩素酸カリが反応し、…ぱぁっ…とマッチ棒の頭にオレンジ色の火がつきました。
微かな硫黄の匂いが漂ってゆきました。
その…ほのかな、灯りに照らされるように…
手には朱色の極太の紐…
このところ…毎日の様に、わたくしの身体は濡れていました。
下着を日に何度も代えるほど…
泣きそうになるほど…どうしようもなく…じゅくじゅくと音を立てる様に濡れていました。
朱色の紐をテーブルの上に置き…
眼を瞑りながら…わたくしは、自分の手を後ろで組んでいました。
『嗚呼…。』
眉間を強く寄せながら、吐き出される息遣いに…わたくしは酔って行きました。
それだけでも、無防備な状態になっていました。
ただ…後ろに手を組んだだけなのに…。
そうして…今度は…
私は、眼を開けると、おそるおそる…
眼の前の朱色の紐に手を伸ばし…輪を作ったのです…。
その輪の中に手を入れていました。
両手を入れると、緩い輪ですから、見た目は手にただ、手首に絡ませただけのモノに過ぎません。
わたくしは、最後に軽く結わえ、一重に結んだ紐の片方を、組んだ両手の間に挟み、もう片方を口に咥えて、首を振る様に思い切り、引っ張りました。
紐がきつく…手首を圧迫し、肌に食い込んでいきました。
わたくしは、言い知れない高揚感を感じておりました…。
しんっ…
とした真夜中の冷たい空気に、わたくしの体温は容易に奪われていきましたが…
わたくしの身体の内側は燃える様に熱く…煮え滾るようで御座いました。
手首で止められた血液が、まるで…怒りを表すように逆流し、わたくしの心臓を叩いているようで御座いました。
陰部から、身体の内側を舐める様に、止めどなく体液が流れ落ちていきます
わたくしは陶酔したように身体のチカラが抜け落ちてゆくのを感じていました。
無意識のうちに、容赦なく…
ぎりぎり…と音を立てるように、わたくしは、紐の端を口に含み引っ張っていました。
やがて、痺れ…血の気を失っている事に気がつくまで…
わたくしは、それを止めませんでした。
気が付いて、身体に浮き上がった汗を夜の空気に吸い上げられ、気化し、いくばくかの肌寒さを感じた時…わたくしは、やっと…自分の手首を開放したのです。
見ると…くっきりと付いた紐の後が青白い肌に、くっきりと朱色の写した様に痕をくっきりと付けて残っていました。
それは、まるで、
《朱色の蛇》が、わたくしの腕に棲んでいる様な錯覚を覚えるほど…くっきりと、わたくしの身体に這っていました。
通い始めた血液の流れを感じながら…わたくしは…
何故か…M‐♂に…わたくしと出逢った時から伝えられている言葉を思い出していました。
その言葉を思い出しながら…
わたくしの身体は、はしたなく淫液を吐き出し続けておりました。
わたくしは再度、朱色の輪をつくり軽く両手首を入れるように用意し…
カメラをセットしていました…。
カメラにタイマーを掛け…静まる夜闇の音に耳を傾けながら…
今度は手を後ろに廻し…朱色の紐の輪の中に両手を差し込んでいました…。
縛っている訳ではない
《カタチ》だけの拘束の図です…。
しかし、わたくしには…それだけでも十分過ぎる程の、
《囚われ》と
《縛り》の構図でした。
そう…わたくしは…
出逢った頃に…彼に伝えられてきた
《言葉》を思いだしていました…。
「他の男に抱かせる」耳元で彼の…
《M‐♂》の声を聞いたような気がいたしました。
わたくしの口唇が戦慄いていました…。
彼の…くちびるを求めて…。
To be continued…