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【71】 § 逢初-あいぞめ-≪其の十六≫【水】 §

2008/07/31 18:38
≪水‐water-≫

………水………

すべての生命体にとって、水は不可欠な物質であります…。

生物体を構成する物質で、最も多くを占めるのが水なのです…。

わたくしたちの地域の気候を決める重要な要素であり、その気候に大きく左右されます。
生活する人間のあり方も大きく異なることとなり、そこに、成り立っている社会の構造をも決定してゆくのであります。

………水………

それは、【全て】の源泉(げんせん)であります…。

浴室には、灯りが点(つ)けられておりませんでした。
わたくしが、浴室に行く前は、灯りが点(つ)いていたように思いましたから…
たぶん、浴室の機能を見ていらしたのだと思います。
わたくしが、そちらに来る頃合いを見計らって…消して下さったので御座いましょう。
部屋から浴室が硝子(ガラス)で見えるようになっておりましたので…
部屋の灯りだけが、唯一…浴室を照らす、光源(こうげん)で御座いました。
M‐♂の、御配慮だと思いました…。
始めて、M‐♂の前で、生まれたままの姿を晒す、わたくしへの、お心遣いだと…そう…お感じいたしました。

部屋の灯りも、全て点けているわけでは御座いませんでした…。
間接照明のみが、室内を照らすのみで御座いました。
しかし、その灯りは、微(かす)かでは御座いますけれど、御互いの姿形(すがたかたち)は、はっきりと判ります。
その【微かなもの】さえ…逃さぬように、意識をM‐♂に向けておりました。
かえって、モノトーンの陰影は、御互いの存在を、より確かなものと感じることさえ出来るので御座います。

そうです…わたくしは…
M‐♂の眼の前で、始めて…

…全裸…で立っていました…。

M‐♂は、浴槽の縁(ふち)に腰を下ろし…満々と溜(た)まったお湯の中に手を入れられておられました。
わたくしが、扉の端を…

ぎゅうっ…

と…摑(つか)まるように立っておりますと…

穏(おだ)やかな様子で…

すっ…

と…わたくしに、御自身の右手を差し出して下さいました。
わたくしは、その手に吸い寄せられる様に、自分の右手を伸ばしました。
手を取る…
と、言いますより…
互いの指先が触れた途端に…
指の一本一本が、絡み合うと言う感じに思えました。
M‐♂の腕の動きに引き寄せられて、わたくしはM‐♂の真正面に立つ形となりました。

手を引かれた動きに、その反動で身体が大きく揺れるようにして、足を運ぶ形となりました。
上半身がすこうし、前に引かれ気味になったので御座います。
その時、頭も、ゆらりっ…と揺れたのです。
その時でした…。
わたくしの頬を…さらりっ…と、柔らかな羽根で、なぞられるような感覚が御座いました。

………?………

……≪髪≫……

その、動きで…髪先が、わたくしの頬(ほほ)を撫でていました。
…そうです…。
わたくしは、無意識のうちに、髪を頭頂部の辺りで一纏(ひとまと)めにし…
【馬の尻尾】…ポニーテールにして縛(しば)っていたのでした。
わたくしの髪は、丁度、背中の真ん中くらい御座いますので…
そのまま、お湯に浸(つ)かる訳にはまいりませんから、髪留めで結(ゆ)わえた訳…
…なのですけれども…
それを【した事】さえ…記憶が…飛んでしまっておりました…。

その【尻尾】が、身体が大きく動いた反動で揺れて、わたくしの顔を撫で上げるように動いたのです…。

さわさわ…

と…くすぐるような動きに、わたくしは、こそばゆさを感じ、一瞬首をすくめました。
わたくしは…同時に、一瞬…顔を下に向け、眼を閉じておりました…。
自分の【行動】さえ…思い出せなくなる…。
自分の【時間】を…【奪われる】感覚…。

…《わたくしは、陶酔(とうすい)しているのだ…。》…
そう…思いました…。
…《【心】を…開き切っているのだ…》…。
そう…思いました…。

…M-♂に…。

だから…【時刻】と【時刻】の間…。

……≪時間≫……

…【時の量】さえ、M-♂に、受け渡し始めているのだ…。
…そう………思ったので御座います…。

全裸のまま…何を隠すこともなく、生まれたままの姿で、わたくしは、M‐♂の前に立っておりました。
それが、【人】…本来の自然の【姿形-すがたかたち‐】でありますから…
不思議とM‐♂の前に【全裸】の姿で、始めて立ちましたけれども…
………子供のように無垢な気持ちでおりました………。

…そう…【今】の、わたくしには、それは、きわめて自然な事に思えまして…
どこそこの部分を、M‐♂に【隠す】と言うこともせずに…

わたくしは、【M‐♂】の、眼の前に立っていたので御座います…。


M‐♂は…丁度、座られた眼線上に位置した、御自身の手と繋がれた、わたくしの手を御覧になられていました。
そして、その手を、もう一度…握り直し…

『…座って。』

と…仰(おっしゃ)いました。

M-♂には…伝わっていたでしょうか…?
わたくしの…【指】から、伝わる熱を帯びた、微かな【震え】を…。
わたくしの…【心】が、指先から、ゆっくりと溶け出していたのを…。

わたくしは…M‐♂の言葉に…
ゆうるり…と…眼を開けて…
こっくりっ…と…頷(うなず)いたのです…。
わたくしは、M‐♂と、指を絡めたまま、M‐♂の手の誘導で、彼の隣りの浴槽の縁(ふち)に、腰を下ろしたので御座います。

わたくしも、浴槽の縁に、御一緒に並んで座る形となりました。

御互いの、素肌と素肌が…拳(こぶし)の間隔(かんかく)で言えば、ほんの、三つくらいの距離間で御座いました。
浴室の室温とは違う、【人】の温(ぬく)もりを…
わたくしは全身で感じておりました。

わたくしは、ふたりの繋がったままの、手を眼で追いながら…
そして…そのまま、振り向くように、わたくしは、湯船の中に眼を移しました。

M‐♂が、浴槽に入浴剤を入れて下さっていたようで…

ふわぁ…

と…細かな泡が重なるように、お湯の中に浮かび始めておりました。
浴槽には、イルミネーションで光る機能が付いておりまして…
浴槽の中が、その、電飾の色で光り、お湯の中に溶け込む様に、その、光彩(こうさい)で彩(いろど)られていくのです…。
そして、その泡の中にまで、様々な色が映り込み…
【泡】の中で…その【色】は、柔らかで幻想的な美しい情景を創り出しておりました。
浴室の灯りは消して、部屋と、浴室を仕切る、硝子(がらす)から、部屋の微かな灯りが入るだけの薄暗がりの状態で御座いましたから…
その様子は、【色】が湧き立つ様に見えまして、ことのほか…美しく感じました。

モノトーンから…
さまざまな色合いが…生まれてくるようで御座いました。
まるで、わたくしの、様々な感情が、湧(わ)き上がり、弾け、M‐♂に向かって流れだす様子にも思えたので御座います…。

砂糖菓子の様に…
お湯の中で、ふっくらと…膨(ふく)らむ【泡】に…
わたくしは…幼子(おさなご)の様な心持ちになっておりました。
空(あ)いた方の手を…その泡に差し入れていました。

…すっ…

と…入れた指先から泡に包まれ…
さらに、わたくしは、指先を沈み込ませていきました。
細かな泡の中に、わたくしの手が、入り込んでゆきます…。

…やがて、その、指先に、温かなお湯の感触が、伝わってまいりました…。

…お湯と、浮き立つ泡の色が、イルミネーションで、一定の間隔を保って虹のように点滅を繰り返しておりました。
わたくしは…その、エンドレスに繰り返される、色彩の【点滅】を凝視(ぎょうし)しながら…

≪わたくし≫の…
【心】が…
【お湯】…
そう…【その】…中に…蕩(とろ)けだしていくようだ…と感じました。

そう…【M‐♂】と言う…【水鏡】の中に、自分を映しだそうとする…
≪わたくし≫の【心】が、溢れだして、お湯の中に溶け込んでいくようでした。

M‐♂に、自分の【全て】を溶け込ませたい…
そう、願い…想う…≪わたくし≫が…
…【此処(ここ)】に、おりました…。

To be continued…

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